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100年にわたり日本の製造業を支えて

大斜路及びケーソン 縮尺50分の1
和久田八十謹製 昭和5年5月29日

株式会社ダイワ・エム・ティは、2016年3月に創業100周年を迎えました。
創業者である祖父和久田八十松が、船舶機械の木型製作所を開業したのは1916年(大正5年)のことでした。
当時のことを記録した写真はあまり残っておりませんが、内務省からの依頼で献上した、
横浜港湾設備の模型記録が残されており、緻密で実直な仕事ぶりで
多方面からお引き合い頂いた一端を垣間見ることができます。

先代 和久田三郎

株式会社大和木型製作所と社名を変更し、先代で、私の父である和久田三郎が
代表取締役となり会社を引き継いだのが1946年(昭和21年)。
戦後の復興から高度成長時代へと時代が大きく移り変わっていく中、弊社もモータリゼーションを迎える大波に乗り出しました。船舶機械の木型製作から自動車産業へと舵をきり、時代の要請に合わせて業務内容も規模も飛躍的に成長してきました。

自動車産業では多岐にわたる依頼に応えるべく、全社が一丸となって業務に邁進してまいりました。その結果、現在ではデザインデータから試作型・量産型・設備機械の製造までを、社内で一貫して請け負うことができています。船舶関連の木型製作からスタートし、自動車部品関連産業を経て、今は幅広い産業に対応できる体制で、日本のものづくりの一端を支えていると自負しています。

昭和40年代

大和木型製作所時代


職人技術とその時代における最先端技術の融和を図り、ここまで約100年に渡り日本の製造業を支えてきたのが、株式会社ダイワ・エム・ティです。私は三代目として、2006年(平成18年)に父から事業を引き継ぎました。

社長就任という人生の岐路

元々人前で話すことに抵抗がなかった…というよりはむしろ好きだった私の小さいころからの夢は、アナウンサーになることでした。アナウンサーを多く輩出していた東京の大学を選んで進学したほど、真剣にめざしていたのです。しかし現実は厳しく、アナウンサーの狭き門にはばまれ、広告代理店に就職。バブル期にはセールスプロモーションの仕事についていました。

正直申せば、家業の製造業を継ぐ、という意識は当時あまりありませんでした。
ですので、父から戻って来いと言われた時にはかなり悩みましたが、これも運命、と腹をくくり、富士に帰ってきたのです。
父は経営者としての手腕は確かでしたが、自己流で事業を発展させてきた人。
仕事に関するものは何も書類化されていませんでした。さらに人に教えるということも苦手なタイプ。 私の家業継承は、まさに「見て覚える」「自分で考える」という昔ながらのやりかたでした。 それでも会社の大きな大黒柱として父は88歳まで頑張り抜き、2006年に他界。 そこから私が株式会社ダイワ・エム・ティの代表取締役を引き継ぎ今に至ります。

キーワードはコミュニケーション

社長を引き継ぐ際、私が自分の方針として決めたのは、トップダウン式の経営ではなく、コミュニケーションを重視した共感性のある会社運営をすることでした。先代は職人気質で一本気でしたし、世の中もまだオーナーを中心とした大家族経営的な中小企業が多かった時代です。良くも悪くも旧態然とした体制を未来志向に変えていく必要があり、それには、何よりも会社の中の風通しをよくすることが必要だと考えました。

私はとにかく社員と話をします。
そして、私の思うこと、感じること、行動している意味などを理解してもらい、逆に社員が「見てほしい」「知ってほしい」「変えてほしい」と感じていることを聴きだし、どうすれば皆が生き生きと仕事ができる環境を作り出せるかを、共に知恵を絞って検討します。

さらに私は、地元とつながる活動も意識しました。
子育ての中でご縁を得た保護者同士のコミュニティで影絵劇団「Kage-Boushi(影法師)」を結成し、いろいろなお話を影絵で見せる活動をボランティアで行っています。本を読まない、読めない、読書が苦手な子どもたちも、シルエット(影絵)を見せながらお話を読み聞かせると、目を輝かせます。子どもたちの想像力を影絵で養う活動は、自分の子どもが成人した今でも続けています。

ダイワ・エム・ティが誇る技術力とトータルサービス

さて、社名のMTとは「マスタリング・テクノロジー」のこと。元々が木型製作からスタートした会社ですので、今でも得意しているところは、商品の元となるデザインモデルや型を作ることと言えます。
製造工程のそうした一部分が得意なのはもちろん、現在は、デザインから製造品を量産する設備機械まで、いわば製造工程にかかわる上流から下流までを一貫して請け負う技術力と設備を擁しているのが、株式会社ダイワ・エム・ティの強みです。

特に日本の高度経済成長を支えてきた、自動車業界とのパイプは太く、常に最先端のテクノロジーとデザイン性を追求する自動車の製造過程にかかわることは、当社の技術力の高さの証であり、スタッフの成長の糧となりました。
厳しい審査基準を常にクリアすることで、どんなオーダーにもこたえられる技術力が養われ、こなせる体制づくりが進みました。現在は、時短、軽量化を意識し、さらに技術力に磨きをかけています。

日本の製造業と中小企業のあるべき姿

2017年は世界的には好景気といわれましたが、中小企業には実感のない一年でした。好景気でありながらも、コストダウンの要請は相変わらず続いており、中小企業は思うように利益が出せない状況です。一説によると大手企業の内部留保額は400兆円にものぼるとのこと。先行きの不安からその額は増えるばかりの様です。その一部でもしっかり中小企業に回していただくには、私たちがいかに付加価値を高めて、お客様に大きなメリットを提供できるかがカギといえるでしょう。

2018年の当社のテーマは3つ。
1. お客様の欲しいものをしっかりと作り、さらに付加価値を加える
お客様の欲しいものを作り上げる技術力を高めることこそ、グローバルな競争に耐え得る力となります。ダイワ・エム・ティが持つコア技術をさらに磨きあげます。

2. 各自のエネルギーを今まで以上に使って汗をかく
各自がエネルギーを全開にし、会社が変化し進化するためのエネルギー、人を育てるエネルギーを大いに発揮して、20年先を見据えて自社の足腰を鍛えます。

3. 新たなる挑戦によりもう一回り成長をとげる
平成最後の年、チャンスをとらえ、きっちりと向かい合い、挑戦し、一回り大きく躍進します。

私たち中小企業がこれからを生き抜くには、時代の流れに沿って進化することが重要です。今の当たり前は変化します。過去の延長線上に未来はありません。世の中の変化のスピードはどんどん早くなり、想像もしていないことが起りえます。これからはIoT、AI、ロボット化の流れに対しても、何らかの形でかかわっていくことになるでしょう。様々な技術を取り入れながら、顧客の力となる提案を迅速に行っていくこと。提案型の企業体質を構築し、顧客にとってなくてはならない存在であり続けることが重要になります。

積み上げてきた技術力、経験値からの提案、つまり知識を活かして勝負をする、ダイワ・エム・ティの資産であるコア技術を如何に活用し、如何に進化させ、顧客のニーズに寄り添っていくか、いかに付加価値を付けていくかが、企業の成長を決定づけると考えます。「世の中はどう流れているのか」「それに伴って、私たちのお客様はどのようになさりたいのか」「このお客様のお考えに対し、私たちはどのような強みを発揮することができるのか」を徹底的に、しかもきめ細やかに、考え、考えぬいてサービスを提供することこそ、ダイワ・エム・ティの使命です。

ダイワ・エム・ティが果たす役割

株式会社ダイワ・エム・ティは、2016年に創業100周年を迎えました。歴史を振り返ると、弊社の技術力はいつの時代もお客様から高い評価を得ていました。製造業という大変な荒波にもまれながら、100年もの長きにわたり会社が存続してきたのは、高い技術力でお客様の希望に耳を傾け、常にお客様に喜んでいただくものづくりをすることに、技術者集団として喜びとやりがいを持っていたからだと考えています。弊社は、創業から一貫してお客様の期待に応えることを喜びとし、お客様を裏切ることがなかった、これは大きな誇りです。

日本人が得意とする「改善」という言葉は、世界で認められそのまま世界共通語になっています。「KAIZEN」です。ものづくりには、新たな創造が必要です。製造方法を開発し、失敗し、改善し、また挑戦する。失敗を恐れず、そこから学びを得て改善を繰り返すことができる会社こそが、進化し生き残っていくでしょう。日本にあるからこそ提供できる価値、日本でなければ提供できない価値を高めていくこと。技術力を磨く努力を怠らず、課題を改善する力を常に向上させていくことが、これからの時代を生き抜く礎となります。

わたしは、経営者の責務は、社員が心身ともに健康で仕事に生きがいを見出し働ける環境を整えること、社員の雇用と生活を保障して事業を続けていくことにある、と自覚しています。歴史と伝統に裏付けられた確かな職人の匠の技と先進のテクノロジーを融合させ、老舗企業ならではの安定感と時代に即応すること、そして、常に顧客の立場で「あったらいいな」を想像し、創造すること。進化と挑戦をビジョンに掲げ、株式会社ダイワ・エム・ティは、日本の製造業を支え続ける一角となり、次の100年に向かって進化を続けてまいります。

2018年4月
株式会社ダイワ・エム・ティ
代表取締役 和久田惠子

社長プロフィール

大学在学中よりナレーションのアルバイトを積み、卒業後は広告代理店に入社。
セールスプロモーションの部署に配属され、ナレーションをはじめ各種イベント企画を手掛ける。
1988年に富士市に帰郷し、現在の株式会社ダイワ・エム・ティの前身となる、株式会社大和木型製作所に入社。先代に経営学を学び、取締役専務を経て、2006年より代表取締役社長。 二児の母でもあり、地域教育活動、ボランティア活動にも熱心に取り組んでいる。
2010年日本PTA会長賞個人賞、富士市教育文化スポーツ奨励賞受賞。PTAの有志と2004年に立ち上げた影絵劇団「Kage-Boushi(影法師)」の代表を務め、各地での公演活動にも力を入れている。 留学生の採用や女性社員が働きやすい環境の整備にも尽力し、日本の製造業を支える牽引役、スポークスマンとしての活動も積極的に展開している。